オアシスからのニュースレター 2013.11

『偶然? それとも・・・・』

 

星野 弘治

本当に、「偶然!」と言って片づけていいのか

ことが起こる何百年も前からそのことが予告され、現実に文字通りその通りになった。1つや2つくらいのことだったら「偶然にそんなこともあるだろうよ」と軽くあしらい気にも留めないでいることが出来るでしょう。しかし、いくつもの出来事が文字通り予告された通りに実現しているとすれば、「偶然だよ!」と言い放って無視してしまうには余りに重いことではないでしょうか。

キリストにまつわる予告

「あァ、キリスト教?!」と言って考えることを止めてしまう愚かなことをしないでください。御存じのように、12月は世界中でキリストの誕生をお祝いします。 キリストの誕生やキリストにまつわる預言は、何と300とも350とも言われます。それらを調べていくと文字通り歴史の中で現実に起こっているのです。こうした預言とその成就は、キリストの誕生においても歴史の中でその出来事をはっきりと見ることが出来ます。

救い主はダビデの子孫から

人類の最初の先祖が造り主(創造主)から離れた時、造り主(創造主)は人をご自身の許に連れ戻すために救い主を人として遣わすと予告されました。そしてさらにアブラハムという人物を選び、彼の子孫であるダビデの家系から救い主が来られると予告されました。予告されてからおよそ1000年の後、そのことが現実に起こりました。クリスマスに読む聖書箇所ですが、確かに救い主イエス・キリストはダビデの子孫から生まれました。

救い主の誕生地の予告が

救い主はまた、生まれる700年も前に彼の誕生地が預言されていました。それはベツレヘムです。当時、ダビデの子孫であるヨセフはいいなづけのマリヤと共にガリラヤのナザレという所に住んでいました。おそらくローマ皇帝アウグストが住民登録の勅令を出さなかったら、マリヤはそのナザレで出産していたことでしょう。しかし、ご自身の御心のままに歴史を支配しておられる方は、住民登録という方法を用いて臨月を迎えていたマリヤをロバの背と徒歩で1週間の道のりをベツレヘムに向かわせ、そこで月が満ち男の子を出産するのです。ハッと息をのむ出来事です。

さらに、救い主誕生の不思議が同じく約700年前に告げられ、その通りのことが起こりました。次回にそのことを見ましょう。

繰り返しになりますが、このような多くの出来事を「たまたま偶然が重なっただけだよ」と片づけてしまうには余りにも不思議な出来事が続き過ぎるのではないでしょうか。やはり、どうでしょう。これらの出来事の背後に予告された方の存在を認めるのが自然であり、理性のある人間の考えることではないでしょうか。そして、クリスマスにお生まれになった方を、この天地を造られ、私たち1人ひとりも造られてこの世に生まれさせて下さった方が送られた正真正銘の救い主であると信じて良かったのではないでしょうか。

聖書のことば  

「わたしは、おまえたちがどんなに強情で頑固か知っている。首はまるで鉄棒のように曲がらず、頭は石のようにこちこちだ。だからこそ、これからしようとすることを、あらかじめ知らせておいたのだ。」